私の父は聴こえが悪かったです。
家族の呼びかけに応答せず、テレビのボリュームも大きい。でも本人は「聴こえているよ」と言う。この本人と家族の印象のギャップは、なぜ生じるのでしょうか。
補聴器の客観的な指標として、聴力を把握することが大切と前述致しました。その情報として、耳鼻咽喉科、もしくは補聴器販売店舗において「オージオグラム」を入手出来たと思います。このオージオグラムと日常生活での聴こえの対応を考えてみましょう。
図Aは聴こえが「良い」方の、年代別オージオグラムです。オージオグラムのX軸(横軸)は音の高さ=周波数です。単位はヘルツ(Hz)。右側ほど高い周波数、左側ほど低い周波数を表しています。それに対してY軸(縦軸)は音の大きさ=音圧です。単位はデシベル(dB)です。
オージオグラムは変わったグラフで、縦軸(Y軸)は下方ほど数値が大きくなり、上方は数値が小さくなります。20代、30代では低い音(図の左側)から高い音(図の右側)まで、概ね0dB(ゼロ デシベル)で聞き取れています。聴力域値には障害がない、と言うことになるようです。
オージオグラムに記載されているライン(最小可聴域値)よりも上の音圧(ややこしいですが、グラフ上では下方)の音は、聴こえているはず、と言う理解になります。
ご家族のため、もしくはご自身のために入手されたオージオグラムと、図Aを見比べてみてください。検査(測定)された方の年代に相当する図Aのグラフ(ライン)が、概ね同じ位置、もしくは上方であれば、年齢相応に聴こえが良いと言うことになります。
それに対して下方に位置するのであれば、聴こえが比較的にお悪い、と言うことになるようです。ご心配な方は耳鼻咽喉科を受診なさることをお勧め致します。
0dBでも、-10dB(マイナス10デシベル)でも、検査で用いるヘッドフォンから音は出ています。聞こえが良い人達が聞き取ることが可能な一番小さな音の平均を「ゼロdB」としているからです。それよりも小さな音で聞き取る事が出来れば、マイナス デシベルとなります。
さて図Aでは、40代、50代、60代と歳を経るごとに、主に高い音の域値が上昇している(グラフ上では下の方に推移している)事が見て取れます。これはより大きな音にならないと知覚(自覚)出来ない、と言う事です。
でもお年を召されても補聴器を必要となさらない方が多くいらっしゃるのは、なぜでしょう。それは次の図Dを用いてご案内申し上げます。
図Dは、成城補聴器で作成しましたオージオグラムです。大きなバナナが中央に二本、見えます。これはある言語がことばとして必要とする周波数帯、音圧を模したもので「スピーチバナナ」と呼ばれます。黄色いバナナが「日本語」、緑色のバナナが「英語」です。
緑色のバナナ(英語)は、黄色いバナナ(日本語)に比べて右上方向にズレています。英語は、日本語に比べてより高い音や小さな音が多く含まれている事がわかります。
日本人が英語のヒアリングを苦手とするのは、英語の子音は日本語に含まれない周波数帯があるために、聞き取りが困難であるからと教えられた事があります。英語は子音が重要な言語で、日本語は母音が大きな比率を占める言語である事が伺えます。
このことから、聴力がある程度低下しても(域値が上昇しても)日本語の聞き取りには(英語に比べて)不自由を感じない場面が多いことを示唆します。
私の父のオージオグラムは、高い周波数帯が聞き取り難く、低い周波数はなんとか母音を聞き取れるようなカーブを描いていたようです。そのため本人にとっては母音がよく聞こえているため「そんなに不自由ないよ」と言うことになります。日本は欧米諸国に比べて補聴器の普及率が低い(*)のは、色々な原因が推測できますが、そんな言語の違いも影響しているように思います。
(*)
Japan Trak(ジャパン トラック)2015(日本補聴器工業会 調べ)
各国の難聴者率、補聴器使用の調査がなされました。難聴者率は各国ほぼ同じであるのに対して、使用率は日本が他国に比べて低いことが判りました(図E参照)。
この影響は国家間の公的支援の違いなどが考えられていますが、言語の周波数特異性による恩恵(ヒトの加齢性難聴は高い周波数から始まるが、言語としての日本語は比較的低い周波数が重要)もあるように推測します。
補聴器を必要とするのは、多くの場合、ことばの聞き取りに困難を覚えるときだと思います。音圧、周波数の側面から見ると、このスピーチバナナの範囲外まで聴こえが悪くなられたときに、そのように感じられると思います。
ここで図Dを例にしますと、聴こえが良い80代の方でも、日本語の黄色いスピーチバナナに高い周波数帯域が掛かっています。でもほとんどのバナナはまだラインの下方(聴こえているエリア)にあるので、補聴器は不要と考えられます。
このオージオグラムのラインがグラフ下方に下がってきた=聴こえがお悪くなってきた(ややこしいですが「域値が上昇している」といいます)方は、そのラインよりも更に下方の音しか自覚できません。
ある方は、子音が聞き取りにくくなった時に難聴を自覚されるかもしれません(例:250Hzから1,000Hzが35dBくらい。且つ2,000Hzが50dB以上)。またある方は、スピーチバナナの半分くらいが聞き取れなくなった時(例:250Hzから2,000Hzが50dB以上)かもしれません。
その他、家族に大きな声で話してもらうことができる立場の方なら、スピーチバナナ自体が下方に移動(音圧が上昇)しますので、補聴器自体が不要になるかもしれません(私の父はこのタイプでした。結果的に母はいつも大きな声で話す必要があり、周りの人が大変でしたけれども)。
全ては個人差と環境に応じて異なりますので、参考例としてご覧頂ければ有り難いです。
ヒトの聴こえの把握だけでは、まだダメなんです。
補聴器の調整状態も把握しましょう。
その補聴器、増幅が足りてますか? or 強すぎる音ではないですか?
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